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中野京子さんの『名画で読み解くイギリス王家12の物語』のあらすじと感想です。
はじめに、中野京子さんを知ったきっかけと、ヨーロッパの歴史にどハマリした経緯について書かせてください。長くなってしまうので、興味のない方、『名画で読み解くイギリス王家12の物語』の感想が知りたいだけなんじゃーという方は飛ばしてください。
目次
はじめに
初めて中野京子さんを知ったのは、関西の【ビーバップハイヒール】という深夜番組で、中野さんご本人が『怖い絵』シリーズを紹介されていました。
私はもともとホラーが好きで、怪談や不思議な話なども好きですので、当然のように怖い絵にも興味を持ちました。しかし、芸術には疎く、絵画を見ても「ふーん」くらいにしか思わないので、大丈夫かな?と。
ところが、中野さんの本はどれも、とてもわかりやすい文章で、すんなり頭に入ってきます(学生時代の授業では全く頭に入ってこなかったのにね)
『怖い絵』まえがきより引用
「絵に描いた悪魔を怖がるのは子供の眼です」というマクベス夫人の台詞があるが、人の心胆をまことに寒からしめるのは、怖がらせを意図した絵より、画面には描かれていないのに、あるいはちゃんと画面にあって見えているのに、見る側が少しも気づいていない絵の方ではないか。
小説でも映画でも、意味がわかるとすごく怖いっていうのありますよね。
『怖い絵』シリーズを読んでいくうちに、スペインの宮廷画家ベラスケスに興味を持ち、ハプスブルク家に興味を持ち、フランス王室やイギリス王室にも興味を持ちました。中野京子さんのおかげで、ヨーロッパーが大好きになり、スペインのプラド美術館、フランスのルーヴル美術館にも行ってきました。
まえがきが長くなってしまいましたが、そろそろ『名画で読み解くイギリス王家12の物語』のあらすじと感想を書いていきます。
イギリス王室の3王朝、テューダー家、ステュアート家、ハノーヴァー家についてそれぞれ
第1部、第2部、第3部にわけて、名画にからめて紹介されています。
第1部 テューダー家
ヘンリー8世
ヘンリー8世という王様は、暴力的で冷酷、絶対君主の典型。
本物も身長190センチを超える大男で下臣を殴りつけ大声で恫喝する、まさに野蛮人。
カトリックは離婚を認めないので、アン・ブーリンと結婚したいがためにヴァチカンと縁を切り、強引に進めた宗教改革。そのアン・ブーリンと結婚したかった理由というのも、前妻キャサリンが男子を産めなかったという理由。イギリスには女子も王位継承権があるにも関わらず、ヘンリー8世は男子にこだわった。
イギリスの宗教を変えてまで苦労して結婚したのに、アン・ブーリンも男子を産めなかった。ヘンリー8世はアンを処刑。なんという悲劇。しかし、単なる悲劇ではなかった。アン・ブーリンは男子を産まなかったが、この世にエリザベス1世を産み落としたのである。エリザベス1世が産まれていなければイギリスはどうなっていたか…
ヘンリー8世はその後も何人も妃を変え、気に入らなければ処刑を繰り返す。そんなモンスターは55歳で永眠。3番目の妃がようやく男の子を産んでいた。その子がエドワード。
しかし後継者エドワード6世は、跡継ぎを残すこともできず早死。またもや悲劇。
ヘンリー8世の遺言では、エドワードの次はメアリ(最初の妃キャサリンの娘)、エリザベス(2番目の妃アン・ブーリンの娘)、ジェーン・グレイ(ヘンリー8世の妹の孫)。当時政権を握っていたプロテスタント一派は、メアリーとエリザベスは庶子(正妻の子ではない)にすぎないとし、ジェーン・グレイに戴冠させた。一方メアリは民衆を味方につけ、一派と戦い勝利する。ジェーン・グレイは9日間だけの女王だった。
メアリ女王の誕生である。ジェーン・グレイはメアリに処刑される。
『名画で読み解くイギリス王家12の物語』の表紙となっているのが、処刑されるジェーン・グレイ。16歳でした。
ブラッディ・メアリ
メアリは37歳で女王となり、プロテスタントを迫害し300人を火炙りにした。ついたあだ名が「ブラッディ・メアリ」
メアリの花婿としてスペインのフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)が登場。メアリは跡継ぎを産むことが出来ず、フェリペはさっさと見限ってイギリスを去る。お腹に悪性腫瘍ができ、メアリは死を覚悟する。次の王を決めなくては。
憎いアン・ブーリンの娘エリザベスは絶対に嫌だった。しかしエリザベス以外に後継者はいなかったのである。
メアリの葬儀にはフェリペも現れなかったそうです。
エリザベス1世の誕生
1998年の映画『エリザベス』
ケイト・ブランシェットの演じるエリザベスが、素晴らしいの一言なのでぜひ観てほしいです。
前女王メアリの反動で国民のエリザベス人気は高く、スペインの無敵艦隊を撃墜したり、一種神がかっていた。
下の動画は映画『エリザベス』続編『エリザベス・ゴールデン・エイジ』
イギリスの最初の黄金期ですね。エリザベス1世かっこいいです。
メアリ・ステュアート
エリザベスの目の上の瘤、それがメアリ・ステュアートでした。
またメアリという名前が出てきました。スコットランド女王です。
イギリス前女王メアリ1世とは別人です。
近年公開された『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
ケイト・ブランシェットほどの迫力はないものの、ふたりの女王の苦悩や葛藤が見られて良いです。
母国スコットランドでのいざこざで、メアリは退位を迫られイギリスへ逃げる。
20年近く幽閉され、エリザベス暗殺計画に関与していた証拠が見つかり、処刑される。女王が女王を処刑するという歴史的大事件。エリザベスは、できれば斬首せずにすませたかった。病死してくれたらありがたいと願っていたそうです。
処刑場へ向かうメアリ・ステュアート
エリザベスは一生結婚しなかったというのは有名な話。
結婚しないということは、テューダー家を自らの題で途絶えさせるということである。
遺言は、メアリ・ステュアートの息子ジェイムズをイギリス王にするというものだった。
ここまでの感想
ヘンリー8世が強烈すぎます。そして、理解に苦しむのがカトリックVSプロテスタントです。
16歳という若さで処刑されたジェーン・グレイも、メアリ女王に「カトリックに改宗するなら命は助ける」と言われても、自らの信仰を捨てるつもりはないと拒否したとか。…なんで改宗よりも死を選ぶの???おばちゃんにはわかりません(泣)
ポール・ドラローシュ画 『レディ・ジェーン・グレイの処刑』は、兵庫県立美術館での【怖い絵展】で実物を見ました。壁一面の大きさで圧倒されました!
第2部 ステュアート家
ピューリタン革命
メアリの一人息子ジェイムズは、スコットランド王ジェイムズ6世とイギリス王ジェイムズ1世を兼ねていた。この人、『悪魔学』とかいう本を執筆するほどの悪魔研究家で、魔女狩りを盛んに行っていたらしい。ちょっと変わってる人。カリスマ的エリザベスの後ではパッとせず、カトリックからもプロテスタントからも嫌われ、58歳で死去。ジェイムズ1世亡き後を継いだのは息子のチャールズ1世。悪天、凶作、暴動などが頻発。国王派と議会派は決裂。内乱勃発。ピューリタン革命=清教徒革命によってチャールズ1世は処刑される。
王を倒し、イギリスは共和制を宣言するも10年足らずしかもたず。1660年、議会が王政復古を決議する。チャールズ2世が即位。チャールズ2世は正妃との間に子供がいなかったため、次の王位は弟のジェイムズ。新しい王様、ジェイムズ2世である。問題はジェイムズ2世がカトリックを公言していたことだった。
名誉革命
ジェイムズ2世は国民人気がどん底。そりゃそうです。カトリックの王なんて国民は許しません。ジェイムズの長女メアリに白羽の矢を立てた。また出てきたメアリという名前…
ジェイムズを追放し、オランダに嫁いでいたジェイムズの娘とその夫が冠をかぶった形となる。娘メアリはメアリ2世、その夫ヴィレムはウィリアム3世として共同統治が始まる。もう、なんのこっちゃ。
メアリ2世は子のないまま病死し、ウィリアムも事故死する。アン女王の登場。
アン女王
アンはメアリ2世の妹。
アン女王の時代に、スペイン継承戦争、スコットランドとの合邦など重要な事件があった。
アン女王も子供がないまま亡くなったので、ステュアート家は断絶する。
ここまでの感想
カリスマ的存在のエリザベス1世のあと、国民から支持を得るのは至難の業ですよね。
ジェイムズもチャールズも政治能力に欠けていたのは確かなようですが。。。
アン女王の頃、約650年続いたハプスブルク家が終焉を迎えます。強国スペインの領土を隣国で奪い合い、フランスが勝ってスペイン王位を手にしましたが、その代わりにイギリスは多くの領土を得ました。
英語が世界の「共通語」なのもそのせいなのでしょうね。
第3部 ハノーヴァー家
アン女王の次は誰が王になったのか。ジェームズ1世の娘エリザベスとボヘミア王の間に産まれた娘ゾフィ王女。このゾフィだけが「ステュアートの血筋でプロテスタント」だった。しかし御歳80を超えていた。
そのゾフィの長男ゲオルクがイギリス王となる。ジョージ1世である。(ジョージはゲオルクの英語読みだそう)
続いてジョージ2世、ジョージ3世。ジョージ3世の時代は60年にも及び、その間にアメリカ独立戦争、フランス革命、ナポレオン戦争という激動の時代だった。そしてジョージ4世。
ハノーヴァー家のジョージが4人続いた150年間でした。イギリス自体は急速に成長し世界の覇者となっていました。
ジョージ4世の次は弟のウィリアム4世。即位が65歳と遅く、治世は7年だけ。
ヴィクトリア女王
ジョージ4世にも弟のウィリアム4世にも正妃の子供がいなかった。そのため、ウィリアム4世の弟のエドワードに王位継承が回ってきた。50歳を過ぎても独身を謳歌していたけれど、焦ってドイツから正妃を迎え、生まれたのがヴィクトリア。ヴィクトリアが生まれてまもなくエドワードは病死。
ヴィクトリアが18歳で即位。
21歳のときにアルバートと結婚。政略結婚ではあったが、稀に見る幸せな結婚生活だったようです。
ヴィクトリアの治世は64年も続いた。
ジョージ6世
ヴィクトリア亡き後は、長男エドワードが継ぐ。エドワード7世。
エドワード7世の長男は急死。王位継承権は次男ジョージ5世に移る。
第一次大戦で国民のドイツ憎悪が激しくなり、ジョージ5世は王室のドイツ色を一掃する。家名をウィンザーとした。ドイツ系のものは一切封印し、王室が国民と近しいことをアピールした。
ジョージ5世亡き後は長男エドワード8世が即位するも、アメリカ人女性との「王冠をかけた恋」により、王になって10ヶ月で王位を弟ジョージ6世に譲る事となる。
ジョージ6世が映画『英国王のスピーチ』の人物である。チャーチルと共にヒトラーからイギリスを守った。ジョージ6世の娘エリザベス女王2世が現在、イギリス史上最長在位を更新中である。
ここまでの感想
歴史はつながっているんだな、と思いました。当たり前ですがね。
史劇が好きで、いろんな映画を観たり本を読んだりしましたが、その時々で時代も国も違うわけですよ。
それらがつながった瞬間って、めちゃくちゃ興奮します。
今回のイギリス王家の物語だったら、ああ、あの人がハプスブルク家のあの人と結婚したんだ!とか、あの人が『英国王のスピーチ』の人なのか!とか。つながるんです。そして、なによりも今、自分の生きている時代までつながっているってこと。
「歴史を知ると、自分の歴史になるよ」
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